第5話 / 全71話
第5話
李大人の屋敷。
宴も三巡目に入り、私は杯を片手に、わざと酔ったふりをしながら李大人の肩に腕を回した。
「李大人。」
「あなたは博識で有名だと聞いている。」
「ならば、少しだけ私の質問に答えてもらおうか。」
李大人は慌てて杯を置き、姿勢を正した。
「殿下のお尋ねなら、何なりと。」
私は目を細め、ゆっくりと口を開く。
「もし、この世で最も人を惹きつける人物になるには……何が必要だと思う?」
その瞬間。李大人の表情が固まった。しばらく考え込んだ後――突然、顔色を変える。そして次の瞬間。
「殿下!」
「臣にそのような野心は決してございません!」
「ドンッ!」
李大人はその場に跪いた。私は思わず目を瞬く。
「……いや、私はただ質問しただけなのだが。」
しかし李大人の額には冷や汗が浮かんでいた。
「天下で最も尊きお方といえば……」
「当然、陛下と殿下にございます!」
「陛下は英明なる君主、殿下は若き才ある皇子。」
「この親子の絆こそ、天下が称えるべきものでございます!」
私はしばらく黙った。そして静かに茶を一口飲む。
……不合格。違う。この人ではない。どうやら、私と同じ世界から来た人間を探すのは、思っていた以上に難しいらしい。
翌日。私は次の候補に目をつけた。張大人。彼は天文や地理に詳しく、珍しい知識を集めることが好きな人物だ。もしかすると、現代人特有の考え方が残っているかもしれない。そう思った私は、彼に尋ねた。
「張大人。」
「一つ聞きたい。」
「国を豊かにするために、最も重要なものは何だと思う?」
張大人は真剣な顔で考え込む。
「土地……でしょうか?」
私は首を横に振った。
「人口?」
また首を横に振る。
「食料?」
再び首を横に振る。張大人の顔色がどんどん悪くなっていく。まるで答えを間違えれば命を失うかのような必死さだった。
そして。しばらく悩んだ末。彼は突然、納得したように頷いた。
「……なるほど。」
「殿下がお尋ねになった“最も重要なもの”とは……」
「陛下のことでございますね。」
私。
「……?」
張大人は真剣だった。
「偉大なる陛下が国を治めてくださる限り、天下は必ず繁栄いたします。」
私は彼の真っ直ぐな瞳を見つめた。そして悟った。……駄目だ。この世界の官僚たち。皇帝を褒める能力だけ異常に発達している。
不合格。
そんな中。礼部尚書の屋敷を訪れた時。私は初めて、少しだけ違和感を覚えた。
その日。私は何気なく呟いただけだった。
「もし、一人の人間が突然、まったく知らない世界へ迷い込んだら……」
「最初に何をするべきだと思う?」
礼部尚書は、手にしていた茶杯を止めた。彼はすぐには答えなかった。媚びるための言葉を探すのではなく、本当に考えている。やがて。
「知らない世界……」
彼は小さく呟いた。
「まず、自分が置かれている状況を確認するべきでしょう。」
私の指が止まった。その考え方。あまりにも現代人に近い。私はさらに探りを入れようとした。しかし彼は続けた。
「そして、その世界で生き残る方法を探す。」
私は心の中でため息をついた。……惜しい。本当に惜しい。けれど。少なくとも、この人は他の官僚たちのように、何でも陛下への忠誠に結びつけるわけではない。そこで、私は質問を変えた。
「では、もし巨大な組織を管理するとしたら?」
「どうすれば効率を上げられると思う?」
礼部尚書は眉を寄せた。
「人員を増やす……でしょうか?」
「違う。」
私は首を振る。
「まず目標を明確にする。」
「誰が何を担当するのか決める。」
「そして定期的に確認する。」
礼部尚書は目を見開いた。その夜。彼はその三つの言葉を紙に書き、何度も考え続けたという。太子殿下が意味もなく言葉を口にするはずがない。きっと、この中には深い治世の道理が隠されている。そう考えたらしい。
半月後。朝廷に一つの新しい制度案が提出された。《官吏評価責任制度》。
官僚たちは一年ごとに目標を設定する。担当する仕事を明確にする。成果と問題点を記録する。重大な失敗には責任を問う。まるで現代企業の人事評価制度のような仕組みだった。
その奏上書を読んだ皇帝は、すぐに頷いた。
「許可する。」
その一言で、新制度は正式に導入された。朝廷中が騒然となった。
そして。その原因を作った私はというと――手にした奏章を見ながら、ただ呆然としていた。
「……」
私はただ。同じ世界から来た人間を探していただけなのに。なぜか古代の官僚制度を改革してしまった。
この時代の人間。もしかして、吸収力が高すぎないか?
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