第2話 / 全71話

第2話

話は、三ヶ月前に遡る。

あの日。俺は突然、異世界の物語の中へ転生した。

そして目を覚ました瞬間――俺は大周朝の皇太子になっていた。

十八歳。次期皇帝。将来、この国の頂点に立つ存在。

どう考えても。人生勝ち組ルート確定だった。

……そう思った。少なくとも。あの声を聞くまでは。

突然。頭の中に無機質な電子音が響いた。

【世界の亀裂を検知しました】 【人物設定の異常を確認しました】 【以下の任務を達成してください】 【任務一:家族三人の再会】 【任務二:この世界で一年間生存する】 【任務達成報酬:20億円】

「……は?」

いや。待て。いきなり何を言っている?意味が分からない。

そんな疑問を抱く暇すらなかった。次の瞬間――寝殿の扉が勢いよく開いた。

「……え?」

小さな影が、よろよろとこちらへ駆け込んでくる。そして。俺の顔を見るなり――

「うわぁぁぁん!!」

突然、大声で泣き始めた。

「ママぁぁぁ!!」

俺は固まった。

……は?ママ?俺が?なぜ?

混乱する俺の前に現れたのは。ただの子供ではなかった。現在の皇帝陛下が最も寵愛する人物。後宮随一の美貌を誇る女性。――蘇貴妃。

……いや。違う。正確には。俺の五歳の息子だった。

「…………」

俺の脳内は完全に停止した。

後になって分かった。この世界に来たのは、俺だけではなかった。五歳の息子もまた、転生していた。

しかも。俺よりも遥かに悲惨な形で。なんと――皇帝陛下が溺愛する女人。蘇貴妃そのものになって。

その日の夜。息子は絶対に自分の宮へ戻ろうとしなかった。

「怖い」

そう言って。俺の服を掴んだまま、絶対に離れない。

結局。俺は心を折られた。

「……分かった。一緒に寝る」

そう答えた。

だが。それが全ての始まりだった。

翌日。

「ママ……窓の外に幽霊がいる」

三日目。

「ママ……庭のあの茶色い猫、ずっと僕を見てる」

四日目。

「ママ……夢の中で僕、角煮にされた」

五日目。

「ママ……誰か僕のこと食べようとしてる気がする」

そして――それ以来。蘇貴妃は毎晩のように東宮へ泊まるようになった。もはや。誰にも止められない状態だった。

そんなある日のこと。俺が書斎で太子としての勉学に励んでいると。隣では息子が果物をかじっていた。

しばらく黙って食べていたと思ったら。突然。その小さな顔が曇った。

「ママ……」

「どうしてここにはスイカ味の棒付きキャンディがないの?」

「……ここは昔の時代だからな」

「昔って不便すぎるよ」

「……まあな」

「帰りたい」

「……」

「ママもパパに会いたい?」

その瞬間。俺の手の中の筆が止まった。答えることができなかった。

すると。息子は小さな体で俺のところまで近づいてきた。そして。昔、家でしていたように。小さな手で俺の頬に触れる。

「大丈夫」

「パパを見つけたら」

「また家に帰れるよ」

その瞬間――ドンッ!!外から、何かが倒れる大きな音が響いた。

「え?」

次の瞬間。盗み聞きしていた小太監が、転がるように逃げていった。顔は、まるで熟した猿のお尻のように真っ赤だ。そして走りながら叫ぶ。

「な、何も聞いてませんからねぇぇぇ!!」

「太子殿下と蘇貴妃様……尊すぎますぅぅぅ!!」

その時。俺はようやく気づいた。

……まずい。何かが。とんでもなく間違った方向へ進み始めている。

以前から。後宮で囁かれている噂は、俺の耳にも少しは届いていた。

だが。真実を知った今でも――俺は。衝撃を受けずにはいられなかった。