第2話 / 全21話
第2話
篠宮玲は、私を大学病院の救急へ、文字どおり「担いで」入った。足が地につく前に、もう医師と話している。
「車に当たった」 しゃがみ、またスカートの裾をめくる。 「ここに擦り傷。他はわからない。全身検査を」
「了解」
担当医は巻き毛の混血で、白衣の下の顔は雑誌から切り取ったみたいに立体的だ。 一ノ瀬 景。その名前を、私はあとで知った。
「患者さんは中へ」 診察室の扉を押し、篠宮玲へ顎をしゃくる。 「ご家族は外で」
篠宮玲は動かない。
「玲」 一ノ瀬が眼鏡を上げる。 「婦人科まで、家族が付き添うのか」
「なんの婦人科——」 目が見開いた。
「全身検査だ」 篠宮玲の顔は変わらない。 「婦人科も含めて。五年前、彼女は——」
「篠宮玲!」 振り返って、口を塞いだ。 唇が掌に当たる。熱くて、柔らかい。 火傷したみたいに手を引いたら、手首を掴まれた。親指が脈に乗り、一秒止まる。 終わった。 そこは杭打ちみたいに跳ねている。
「五年前に手術をしている」 篠宮玲は平然と続け、カルテを読む口調だ。 「術後癒着がないか、見てくれ」
一ノ瀬の視線が、私と彼の間を一周した。 一周だけ。 それから笑い、レンズの奥で目を細める。 「了解。患者さんは中へ」
その目に、別の意味が混ざっている気がした。
検査は細かかった。 細かいを通り越していた。 一ノ瀬の問診も診察も緻密で、私は台の上で無影灯を見つめ、静かな部屋の中で自分の心拍が一段ずつ大きくなるのを聞いた。 上着をたくし上げるよう言われるまで。 綿棒が下腹を撫でたとき、手が一度止まった。 ごく軽い間。錯覚みたいな間。 横目で見る。彼はある場所を見ていて、表情は変わらないが、睫毛が下がっている。
「どうしたの」
「問題ない」 カルテをめくり、ペンがさらさら走る。 「古い傷は、きれいに治っている」
胸が、どんと沈んだ。 きらを産んだ痕だ。 五年前、篠宮玲は国外にいた。私はアパートで十一時間痛み、一人でタクシーを拾って病院へ行った。 知らない。 知られてはいけない。
撮影、採血、CT。 膝の皮が少し剥けただけを大学病院に持ち込むのは、笑えるほど軽い。 一ノ瀬は所見を二秒見て、口角が引きつり、笑いを飲み込んだ。
「どうやら」 報告書を置く。 「俺に、奥さんができた」
手を出してくる。爪は短く、消毒薬の匂い。 「一ノ瀬 景。玲の幼なじみ。五年前に帰国。やつの優先診療で人を連れてきたのは——五年で、今日が初めてだ」
「喋るな」 篠宮玲は私の斜め後ろに立ち、声が硬い。 だが目は早い。耳の根が赤い。
「今回は玲の搬送が早かったのが幸いだ」 一ノ瀬は急に笑いをしまい、真顔で玲を見る。 「もう少し遅ければ——」 間を置く。 「傷、かさぶたになってた」
言い終え、口封じされそうな勢いで逃げる。 「以上、玲。いちゃつきが喉に刺さる。仕事する」
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