第2話 / 全13話
第2話
結局、あいつを家に拾った。
心が折れたんじゃない。知りたかっただけだ。
二十八年の宿敵が、記憶喪失まで手の込んだことをする。中身が何なのか、見てやる。
退院の日、スーツケースを下げて家のドアの前に立っていた。無垢な顔で言う。
「医者に言われた。今の状態だと、そばに人がいないとだめだって。知ってる人間は……お前しか残ってない。」
腕を組んでドア枠に寄りかかる。
「お父さんとお母さんは。」
「覚えてない。」目を伏せて、行き場のない可哀想な顔をする。
頭の中の声が、すぐ足を引っ張る。
【本当は母さんから三本着信があった。全部切った! ばあさん、苦肉の策がバレたら足折るって言ってる!】
【想、早く入れろ! 廊下に蚊がいる! この体は『恋に破れた身』なんだ、蚊に食われてたまるか!】
体をずらして道を開けた。
「客間。家賃は一日五千円、月締め。」
「……高すぎないか。」
「嫌なら帰れ。」
箱を抱えて滑り込む。口は気が進まなそうだ。
「わかったよ。ツイてない。」
心の中では、もう爆竹が鳴っている。
【承諾した! マニュアル、嘘じゃなかった! 第一歩、同居! 完了!】
その夜、台所に立ってトマトと牛肉の煮込みを作った。
気が利いたんじゃない。冷蔵庫にそれしかなかった。
迅の偏食は近所でも有名だ。この一品だけは、中学のときうちで一食たかって以来、恨み続けて——違う、想い続けて、何年にもなる。
食卓に座って、もったいぶって箸をつけ、一口。
眉を上げる。
「まあ、食える。」
そう言いながら、私を一瞬も瞬きせずに見つめている。
汁をよそいながら、口角を押し下げた。
こいつの癖だ。嘘をつくとき、妙に落ち着いて相手を見つめる。普段、私を嫌うときは、まぶたすら上げない。
二十八年やり合ってきた。性根はお見通しだ。
今、あいつの内心は狂ったようにスクロールしている。
【三杯目だ。今、三杯目を食ってる。】
【世界一うまいトマトと牛肉の煮込み。想は十五で作れた。】
【俺は……十三年、想い続けてる。】
汁をよそう手が止まった。
十五の年、あいつは中三の推薦入試を控えていた。夜中に弁当を届けたのは私だ。
何気ない口ぶりで言った。
「たくさん食え。記憶喪失は脳を補え。」
鼻で笑う。
「皮肉か。」
「事実だ。」
噎せて、顔を伏せて飯をかき込む。
心の中では、小さな声でつぶやいている。
【毒舌のほうが、実は綺麗だ。】
【……これは絶対、あいつに知られたくない。】
私は、一瞬、固まった。
この男は、口では二十八年やり合って、裏でどれだけ隠してきたんだ。
首には、古いペンダントをずっと下げている。素面で、閉じた目が一つ刻んである。
母さんが、小さい頃に無事を祈って求めたものだと言っていた。慣れて、風呂でも外さない。
その夜、ベッドの上で、夜半まで考えた。
頭の中にもう一人の声がある。誰の身でも、気味が悪い。
最初は、夜勤が多すぎて幻聴だと思った。
違う。幻聴は、こんなに本物じゃない。
一晩中、頭の中の声に騒がれて、眠れなかった……
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